そのあと俺たちは、久しぶりに言葉を交わすことのできた満足感からか
やけにゆっくりとした足取りで、沢田家への道のりを歩いた。
道すがらほとんど会話は無かったものの、とてもふわふわとした温かい気分で我が家のドアを開けた俺は、
その瞬間に感じたおぞましい程の殺気に、途端に背筋を凍らせた。
「――? どうかなさったんですか?じゅうだいめ」
ドアノブを握りしめたままいきなり動かなくなった俺を心配して
後ろに控えるようにしていた彼がひょっこりと身を乗り出したが、
家の中をのぞき込んだ途端、小さなうめき声を上げて固まってしまった。
玄関のたたきを挟んだ一段上。
そこで彼らを待っていたのは……、
美貌の姉ビアンキに抱かれた、泣く子も黙る最恐の赤ん坊リボーンさんでした。
「―――ずいぶん遅かったじゃねーか…」
『……………』
大変可愛らしい声音に、何故かすさまじい程の怒気を感じて、
俺達は体を硬直させたまま、逃げ出したい衝動を必死で抑えていた。
「乾杯もしねぇで待っててやったってのに、なかなか見せつけてくれるよなぁ。
――ええ?」
注がれた視線の先にはしっかりと繋がれた二人の手。
(ヤバい、すっかり忘れてた…!)
俺は途端に頬を染めて、仲良く繋いでいたそれを振りほどいた。
――が、そんな教え子のうぶな反応に、またもやイラッとしてしまった小さな家庭教師は
真っ黒な瞳をギラギラさせながら、柔らかな頬に青筋を浮かせた。
(う…、なんかリボーン、すごい怒ってる…)
理由はわからない。
けれど、たぶん原因は俺たちだ。
(――だってものすごい殺気だよコレ…!)
当てられただけで、背中を冷たい汗が流れ落ちてゆく。
「―――おい、ダメツナ。
いま何時だか知ってるか?」
まるで小鹿のように震えあがる弟子たちの有様に、
小さな赤ん坊は「はぁ」っとひとつ、疲れたようなため息をついた。
「えっ? 時間?」
(そう言えば時計も見ないで家を飛び出しちゃったけど、今何時くらいなんだろう…?
確か山本を呼びに出たのが五時半過ぎくらいだったはず…。
そのあとすぐに山本と獄寺くんを見つけて、ちょっと公園に寄り道しちゃたけど、それはいくらでもないし…。)
「――えぇっと、…六時過ぎくらい、かな?」
そう答えた俺に、目の前の赤ん坊はあからさまにガックリと項垂れた。
(えっ? なんか俺変なこと言っちゃった??)
そんな意気消沈ぎみの小さな家庭教師を不憫に思ったのか、
彼を大事そうに抱きかかえていたビアンキが、おもむろに自身のケータイを取り出して
俺の前に差し出した。
「ツナ、これを見てみなさい」
そこにはなんと、可愛らしい黒ずくめの赤ん坊の待ち受け…、じゃなかった、
小さく『6:55』と表示されていた。
「久しぶりに隼人会えて嬉しいのはよくわかるわ。
愛する人と離れ離れになるほど苦しいことは無いものね…。
私もリボーンに会えなかった月日は、まるで心が死んでしまったようだったわ…!」
あぁリボーン!!…と、小さな赤ん坊を愛しそうに抱きしめる美貌の人を見やり、
俺はよくわからない心境になった。
(…愛する人?って、ビアンキのことなら分かるけど、それを俺に当てはめるのは違うんじゃ…?
――でもまぁ、会えなくて苦しかったってのは、おんなじ気がするけど…)
う〜んと首を横にひねってみたが、やっぱりわからない。
「それでもツナ、ちょっと時間がかかりすぎよ。
みんな一時間以上あなた達の帰りを待っていたんですからね。
あとできちんと謝りなさいね」
厳しい口ぶりの中に隠れる優しい気遣い。
「…うん、ごめんね。
それにありがとう、ビアンキ。リボーンも」
素直に謝罪すると、彼女は満足げに唇の端を微かに上げて
携帯電話を懐に仕舞った。
「――あぁ、そうそう、言い忘れていたけれど、
ツナと隼人、今夜はママンのお手伝いをして頂戴ね」
「………え? 手伝いって?」
確かパーティの準備はほとんど出来上がっていた。
他に何かすることがあるだろうか?
そんなツナの心を読んだかのように、彼女は先を続けた。
「飲み物を運んだりお皿を洗ったり、やることはたくさんあるでしょう?
人手があればママンも助かると思うの。
――これだけ皆を待たせたんだから、仕方が無いわよね」
『これからは周りにも目を配れるようになりなさいね』
そう小さく言い残して、彼女は愛しい人を大事そうに抱いたまま
さっさとリビングへと消えて行ってしまった。
―― 一方その場に残されたツナは、一瞬呆けてはしまったものの、
安堵のため息を吐いていた。
(はぁぁ、…助かった。
めずらしくリボーンにシメられなかった…!)
扉を開けた瞬間、とんでもない程の殺気に一時はどうなる事かと思ったけれど、
ビアンキのおかげなのかな?とりあえず命が無事で良かった…。
しかもこれがリボーンのバースディパーティという、一大イベントでの事なんだから、ホントに奇跡だ。
俺は額に浮かんでいた汗を手の甲で拭うと、(あぁ、そういえば獄寺くんは…)と何気なく後ろを振り向いて
目に飛び込んできた光景に肝を冷やした。
「――うわっ!獄寺くん、大丈夫!?」
玄関脇の手入れの行き届いた芝生の上、
その柔らかな地面に、彼、獄寺隼人は胸の上に手を組んだ状態で、
あおむけに倒れていた。
「ぎゃ〜!!ひとり全然無事じゃな〜い!!
死んじゃだめだよ!せめてその手組むのだけはやめて〜!!」
若干泡を吹いて倒れたままの彼を、俺は力いっぱい揺すって起こそうとした。
(そいういえばビアンキゴーグルかけてなかった…!
――もうっ!!リボーンの奴、こうなるってわかっててワザとやったな…!?)
意地の悪い家庭教師を恨みつつ、しこたま揺すっても彼が目を覚まさないことに気が付いたツナは
安全な場所に移すため、その体を背負おうと身を起こさせた。
――しかし、これが重いのなんの。
意識の無い人間とは、これ程までにも重たくなるものなのか…。
(――とりあえずいつもの中毒症状だから、どこかベッドに寝かせないと…。
でも1階はパーティするからうるさくなるし、やっぱり俺の部屋に運ぶしかないよな…。
でも階段のぼれるかな…、落っことしたらシャレになんないし…)
彼の背中を支えたまま、う〜んう〜んと唸っていると
突然背後でドアの開く音がした。
「――よっ!ツナ、帰ってきてたのな〜!」
そう言って、もう一人の親友が顔を出した。
(や、山本…!ナイスタイミング!)
「ありゃ〜、獄寺また伸びてんのか。ツナも気苦労が絶えねぇなぁ。
――よし!俺が背負ってやるよ。どこに運べばいい?」
そんな神様みたいな親友に、つい拝みたくなる気持ちを抑えて
「俺のベッドにお願い」
と、彼の申し出をツナはありがたく受け入れた。
それから約2時間半後。
パーティ中ほとんど休む暇も無く動き回っていた俺は
まるで冬眠中無理やり起こされたカエルみたいにヘロヘロした足つきで
最後の皿を棚にしまった。
パーティに来てくれたみんなは、30分程前に帰って行った。
京子ちゃんはお兄さんと一緒に、ハルは山本が送ってくれたはずだ。
(獄寺くん、目ぇ覚めたかな…?)
途中何度か様子をうかがいに行こうと思っていたんだけれど、
あまりの忙しさで、一度も行ってあげられなかった。
(…………)
無意識のうちに、体が彼のいる方向を向いて止まっていた。
「ツッくんご苦労さま。疲れたでしょう?
もう後片付けもほとんど終わったし、獄寺くん見てきてあげなさいな」
そんな俺の心を読んだかのように、母さんは優しく促してきた。
「……うん、そうしようかな」
俺は小さく頷くと、手に持っていた布巾をテーブルに置いて
エプロンを脱ごうとした。
――が、
ぐぅぅうぅぅうぅぅ………。
突然、腹の虫が巨大な咆哮をかましてくれた。
(……そういえば自分の誕生日パーティも兼ねてた筈なのに、全然ご馳走食べれなかった…)
キュルンキュルンと騒がしい自分の腹をおもむろにさする。
「……ねぇ母さん、まだ食べ物ってあまってたかな…?
なんにも無かったらカップラーメンとかでもいいんだけど…」
そんな息子の腹の音にクスクス笑いを零しながらも、
「あら、そうだったわね。ツッくんほとんどご飯食べれなかったものね。
おかげで母さんは助かっちゃったけれど…」
そう言って冷蔵庫をゴソゴソと漁り始めた。
そしてその中から彼女お気に入りの2段重ねの重箱を取り出すと、おもむろに蓋を開けた。
「――ほら、ツッくんと獄寺くんの分、ちゃんと取ってあるから。
あとでふたりでゆっくり食べなさいね。
ケーキもちゃんとあるわよ」
皿に切り分けられた二人分のバースディケーキ。
しかもろうそくが一本ずつ添えてあった。
「……母さん、ありがとう…!」
(パーティ中、チビ達の面倒を見て母さんも忙しくしてたはずだったのに、
ちゃんと俺の事も見ていてくれたんだ…)
こんな母親のささやかな優しさが、今はとてもありがたかった。
「じゃあ俺、獄寺くん見てくるね。
――起きてたらご飯食べれそうか聞いてくる」
笑顔で自分を見つめる母さんにそう言って、急いでキッチンを出ようとしたけれど、
「あっ!ツッくんちょっと待って!」
慌てたように俺を引きとめたその声に、俺はすぐに歩みを止めた。
「――何?どうしたの?」
「ツッくん今日は獄寺くんのおうちにお泊りするんでしょう?
確かリボーンちゃんがそう言ってたのだけれど。
――違ったかしら…?」
「えっ? なにそれ、ホントに?」
「――ええ、確かにそう言っていた筈よ。
ツッくんは獄寺くんと後でご飯を食べるから、ご飯残しておいてやってくれって言われたんだもの。
――だから母さんもツッくんにお手伝い頼んじゃったんだけれど、
違ったのなら、ツッくんには申し訳ないことしちゃったわねぇ」
う〜んと頬に手を当てて唸る母を横目に
俺はリボーンにしてやられた、と首をガックリと落とした。
今になって思えば、ビアンキにゴーグルをさせないで俺たちを出迎えたのも、
獄寺くんを失神させたのも、俺に母さんの手伝いをさせたのも、
全部リボーンの筋書き通りの展開だったのだ。
そこまでして俺と獄寺くんを2人きりにしたいその魂胆とは…?
リボーンなりに言わせてみれば『部下のしつけはボスの仕事のうちだ』
ってトコなんだろう…。
(―― 一か月も失踪してたんだもんな。
やっぱりどうにかしなくちゃいけないよなぁ…)
これから獄寺くんの話を聞くっていう約束もあるし、
ちょっと怖いけどリボーンの口車に乗ってしまうのも、案外いい方法なのかもしれない。
「――母さん、やっぱり今夜は獄寺くんちに泊まるよ。
獄寺くんずっと具合悪くて学校休んでたから、ちょっと心配だし」
嘘も方便。
(でもまぁ、全部嘘って訳でもないし、これくらいならいいよね…?)
俺は心の中で「ごめん、母さん」と、こうべを垂れた。
「――あら、そうなの?
それは心配ねぇ。ちゃんと面倒見てあげるのよ?」
「うん、分かった。
――じゃあ俺、ちょっと部屋覗いてくるね」
何の疑いもなく息子を見つめる母を残して、
俺は足早にキッチンをあとにした。
静かにドアを開けて部屋に入ると、彼は穏やかな寝息を立てて眠っていた。
ツナは静かに枕元の床に腰を下ろすと、彼の顔を覗き込んだ。
倒れた直後よりはずっと顔色が良くなっている。
唇にも色が戻っていた。
(獄寺くん、だいぶ良くなったみたいだ…。
――良かった)
ツナはホッと胸を撫で下ろすと、その美しくも儚さを感じさせるような彼の寝顔に
しばらく見入ってしまった。
(……やっぱりきれいな顔……。
ホントにお人形さんみたい……)
微動だにせず眠る、彼のキメの整った白い肌は、この下に自分とおんなじ血が通っているということを
なぜか時おり忘れさせる。
(ビアンキもすごくきれいだけど…。
やっぱり姉弟って似るんだなぁ……)
兄弟のいない俺は、そういうことも、ふと不思議に感じる時がある。
そして、薄い銀色に輝くその絹糸のようなひと房を、さらりと指先で梳いてみた。
それは思っていたよりも幾分ひんやりとしていて、
ツナの指先に絡んでは、少しだけ熱を帯びた。
(――柔らかくて気持ちいい……。
なんか、人の毛って言うよりは、猫の毛さわってるみたい(笑))
つい変なことを考えて、ツナの顔に緩い笑みが浮かぶ。
(俺の髪も結構柔らかいけど…。もっとボリュームあるし『わた』っぽい?よなぁ。
獄寺くんのはホントにさらさらだ…。
きれいな人ってのは、持ってるもの全部、なんでこんなにきれいなものばっかりなんだろう…)
指に絡んではきらきらと白い光を放つそれをもてあそびながら
(ずるいよなぁ)と小さなため息を吐いた。
――すると、身動き一つせず眠っていた彼のまつ毛が緩くふるえて、
布団から出ていた彼の右手が、ピクリと微かに痙攣した。
(…あっ、やばい、起こしちゃったかな…?)
時間的には2時間以上寝ていることになるから、そろそろ起きても大丈夫だろうけど、
自分のせいで起こしてしまったのなら、ちょっと申し訳ない。
彼を起こさないようにと、髪を梳いていた指先を引っ込める為、腕を引いたその瞬間――、
ツナは自身の左腕を、幾分大きな腕にガシリと捉えられていた。
「………じゅーだいめ、もっと撫でてください…」
いつの間にか薄くひらいていたまぶたから、深い色を湛えた新緑のような瞳が覗いていて、
静かに俺を見つめていた。
――若干、寝ぼけたようなその表情。
そして腕をもとの場所に戻される。
「――ごめん、起こしちゃったね」
軽く謝って、また俺は彼の髪を梳きだした。
「……いえ、だいぶ休めましたし、もう大丈夫です。
いろいろとご心配をお掛けしちまって、本当にスミマセン…」
申し訳なさそうに眉間のしわを濃くする彼を、
(あぁ、せっかくきれいだったのに…、もったいないなぁ…)
――と、俺はその白い眉根に人差し指を当てて、するりとひと撫でしてみせた。
「ちょっとは心配もしたけど、謝られるほどのことじゃないよ。
俺、君は笑ってくれてる方が好きだな。
――ほら、あんまり悩まないの」
ニコッと笑って、再び髪を梳きだす。
「それにさ、実は今夜、獄寺くんちに泊まりに行くことになってるんだよね。
……急にごめん、…迷惑かな?」
ちょっと首を傾げた格好で尋ねてみれば、
――いきなり彼がいきおいをつけて飛び起きた。
「えっ!?――それホントですか!?」
あまりのことに、俺はビビって少し身を引いてしまったが、
「う、うん。…やっぱり迷惑だよね、俺母さんに…」
「いえ!!全然迷惑じゃ無いですっ!!
ぜひいらしてください!きたねーとこですがっ!」
(いやいや、君んち俺の部屋より全然きれいだろ…)
頬を赤くしながら興奮気味にまくし立てる彼を見て、俺はちょっと笑ってしまった。
(…でもま、これだけ元気そうなら、大丈夫かな…?)
「うん、じゃあ俺着替えて泊りの用意するね。
ちょっと待っててもらえる?」
「ハイっ!!
俺いくらでも待てますからごゆっくりどうぞ!」
「――え、いや、すぐ終わるよ、たぶん…」
久々の彼の忠犬ぶりに、多少の懐かしさを感じて心が温かくなるのを感じながら
俺は着替えをしようと、おもむろにベッドから体を離した。
しかし、タンスの引き出しを開けたところで、先程とは打って変わって
なぜか震える声で名前を呼ばれた。
「……あ、あの…、じゅうだいめ?」
「――ん?なに?」
タンスの中に手を突っこんだままで振り向くと、
俺を呼んだ当の本人は、真っ赤な顔でベッドの上に正座していた。
しかも小刻みに体が震えている。
「あ、あの…、俺としてはスゲェ嬉しいサプライズなんですが……。
――うぅ、それは刺激が強すぎます…!」
鼻を押さえて涙目になった彼に、俺はふたたび首を傾げる。
「――え?何が?」
何のことか分からず尋ね返すと、彼は俺を指差して言った。
「………あの、…そのエプロンなんですが、
…急にどうなさったんですか……?」
「!!!」
その言葉に視線の先をゆっくりと落としたあと、
あまりの衝撃に、俺は思わず言葉を無くして固まってしまった。
――そして、今度はツナの頬が赤く染まってゆく。
って言うか首まで真っ赤だ。
「――ぎゃ〜!!!すっかり忘れてたっ!!忘れてっ!!お願い、見なかったことにして〜!!」
家じゅうに響き渡りそうな雄たけびを上げながら、大急ぎでそれを脱ぎにかかった。
もたもたしつつ、どうにかこうにか体からはぎ取ると、それを床に投げ捨てる。
「あーもー恥ずかしっ!……やだよ、もうっ!」
ため息をひとつ付いて、熱い視線を投げかける彼に、仕方なく口を開いた。
「―――コレさ、罰ゲームなんだよ…。
……リボーンのバースディパーティに遅刻した罰」
(はぁ、もうなんて恥ずかしいことをさせてくれたんだ、アイツは…!
俺の不注意だけど、獄寺くんにまで見られちゃったじゃないかっ!)
そう言って投げ捨てたエプロンには、
――大変可愛らしいうさぎさんがプリントており、これでもかという程ピンクのヒラヒラレースのくっついた、
大変乙女チックな代物だった…。
「……母さんが若いころにさ、父さんにプレゼントされたんだって。
…でもこれあんまりでしょ?
母さんも恥ずかしくて使えなくて、ずっとタンスの肥やしになってたみたい…」
「……でもさぁ」と、俺はトーンの下がった声で先を続ける。
「おととい母さんがタンスの整理してた時に、リボーンがコレを見つけて……。
――なんでか俺の手に渡って来たって訳…」
「こんなの貰っても困るだけだよ」とため息混じりに呟くと、
彼は「は、はぁ」と大変歯切れの悪い返事をした。
(…やっぱり獄寺くんでも引くよね、男がこんなカッコしてたんだもん…。
ハッキリ言ってちょっと気持ち悪いよな……)
ちょっとツキンとした胸の内を隠すように、急ぎ着替えの手を進めていると、
いつの間にか彼が俺の真後ろに来ていて、ヒラヒラのそれを手にしていた。
「あ、あの、じゅうだいめ。
…俺は全然変だとは思いませんでしたよ。
……ただ、あんまりにもお可愛らしいんで、ちょっとびっくりしちまいましたが…」
パーカーを頭からかぶっていたツナに、次第に小さくか細くなっていった彼の声は
ほとんど届きはしなかったけれど、それをおもむろに丁寧にたたむと、
大事そうに手の中に握り込んだ。
そして、着替えを終えたツナに向かって、
「…あの、……じゅうだいめがコレをいらないとおっしゃるんなら、
俺が貰い受けてもよろしいでしょうか…」
と、小さな声で尋ねてきた。
「えっ?コレを?
――別にかまわないけど…、こんなの使い道ないでしょ?」
そう訝しげに視線を投げると、彼は照れたようにはにかんで、
「いえ、思い出というか、なんというか…、
じゅうだいめが身につけたものですし、せっかくなんで取っておきたいなぁと思いまして…」
と、視線を流しながらさらに顔を赤らめた。
(――ふぅん、なんかよく分かんないけど、別に無くなって困るものでもないし、
ってかぶっちゃけいらないし。
………ま、いっかな…?)
――と、あまり考えもせずにエプロンを譲ってしまったツナは、
おそらくこの数年後、この出来事を大変後悔することになる(笑)
「うん、いいよ。
……母さんももう使えないって言ってたし、大事にしてくれる人に譲るんなら
きっと喜ぶと思う」
ニコっと微笑みながら見上げると、彼は目を見開いて
「ありがとうございますっ!絶対大事にします!」
今にも小躍りしそうな勢いで、とても喜んでくれた。
そんな彼を見つめていたツナは、
(獄寺くんって、時々すごく子どもみたいに可愛くなるよなぁ…)
彼の笑顔に胸の奥が温かくなるのを密かに感じて、
その柔らかな幸福を噛みしめていた。
「――じゃあ、そろそろ行こっか!
早くしないと明日になっちゃうしね?」
「―ハイ! 荷物は全部俺がお持ちしますね」
「ええっ!? いいよいいよ、俺だってちゃんと持てるし」
「じゃあ、じゅうだいめはケーキをお願いします」
「――って、それすごい軽くない?」
「全然軽くないです!俺の想いは宇宙一重いですからっ!」
「? …なんかよくわかんないんだけど…」
――と、彼らは仲良く部屋を出ていったのでした…。
つづく